ハバナ旧市街・モーロ要塞の辺りで。
右からカヨちゃん、ペンパルのアンドレス、ギーシェ、知らないおばあさん(『写真を撮って』と頼んだが、『一緒にとって欲しい』と思われたようで)と僕。たくさんのキューバの人はここからマイアミにボートで亡命していた。


写真はアンドレスさん家族と近所の人達と「I love you!」のサインを。このサインはアメリカの手話。

イエニー村の小さなココナッツの木
バカーン!?「おいしい!」って言う意味だよ。

アンドレスの両親です。
皆さんこんにちは!!福岡存在のはじっちでございま〜ちゅっ。1月30日から3月1日の間、キューバへ旅行してきた体験談をお話ししたいと思います。よろしくっ!では、スタートしますよ。お読み下さい。

2年間以上文通していたアンドレスさんに会うためにキューバに来たのです。空港の出口の辺りでは、文通していたアンドレスさん、彼の兄・ギーシェが約束通りに迎えに来てくれていました。写真で見ていたのと違った顔で、日本からあんなに離れたキューバに来て、ずっと文通していたベストフレンド・アンドレスさんに会えたというのに、なかなか実感が沸かなかったです。
「ホントにキューバに来たのか。アンドレスさんて本当に僕が文通していた人なのかなあ?」と思うばかりでした。
アンドレスさんの家に着いたとき、家族(お母さん、アンドレスさんの妻・アナベル、ギーシェの彼女・イエニー)が出てきてキスで挨拶をしてくれ、私達を歓迎してくれました。

アンドレスさんは、高校の英語教師で24歳。僕と同じ年のアナベルさんと去年に結婚したばかりです。アンドレスさんと会ったときは、僕の英語の発音が悪いせいか会話ができなくグランマに着くまでお互いに黙っていました。そのときは、すっごく不安な気持ちでずっと悩んでいました。それから、日が経つに連れて会話ができるようになり、いつの間にか不安が去っていきました。
もう、毎日がとっても楽しくてアンドレスさんの家には近所の人達が集まってきてダンスを踊ったり、ハバナクラブ(キューバの強いラム酒)、クーバンビール(「キューバ」はスペイン語で「クーバ」という)を8本も飲みまくってゲロを吐いたり、いろいろな思い出をたくさんつくることができました。
キューバでは、スペイン語を母国語としており、ほとんどの人達と言葉が通じていないのになぜかたくさんの人達と友達になっていました。言葉が通じなくても心が通じたから友達になれたんだなあ。皆さんの中にも外国に行きたい人達がたくさんいると思いますが、英語が話せないからといって心配する必要はありません。「友達」とは、心を通じてなるものです。国の言葉が話せない、英語が話せないからといって友達になれないことはありません。皆さんも海外にレッツ・ゴーっ!

最後の夜、私達のために「さよならパーティー」がありました。近所の人達が集まってハバナクラブを飲んだり、踊ったり、僕のタバコにアンドレスさんと友達がいたずらをしてアルコールを入れたり・・・いろいろ楽しかったです。1日があっという間に過ぎていく本当に短い20日間でした。
グランマを出る日、アンドレスさん家族がグランマのバヤモ飛行場まで見送ってくれました。別れがとっても辛かったけれど、また会えることを信じながらさよならしました。

とっても楽しーい1ヵ月のキューバ旅行の思い出ができました。人生の半分を使ったようです。ハハハッッ。

























さよならパーティのときの様子
別れがとっても辛かったです。

アンドレスとバーでビールを8本飲んでゲーッしました。